アロマクッキング 匂い(香り)の化学 vol2

前回の記事【アロマスプーン&フォーク ガストロノミー料理 匂い(香り)の科学 vol1】の続きです。

人が感じる“味”の8割は香りから

実は、人は舌の味覚(味蕾)で味を感じているのはたったの2割で、料理の味のほとんど8割は“匂い”で味わっているのです。つまり、鼻の中で感じています。

専門的なことを言うと、鼻の奥の上部にある“嗅上皮”と呼ばれるところに嗅覚センサーがあります。(舌の“味蕾”のような部分)

風邪をひいている時や鼻をつまんで食べると、なんの料理かわかりづらいことからもよくわかります。色々試してみると面白いですが、酸味の強いジュースをバニラやイチゴなど甘い匂いを嗅ぎながら飲むと舌がその違いを感じることができます。

また、市販の粉わさびは、ご存知の方も多いですが、わさびは使われていなくて(使っていてもほんの少し)マスタード(からし)やホースラディッシュ(西洋わさび)に、緑色とワサビの香りをつけただけなのです。それを、ほとんどの人がワサビだと思い込んで食べています。

回転寿司に黄色いマスタードがあったら違和感ありますが、色を付けて緑色に変わってワサビの匂いをつけてあれば、ワサビだと思って使います。実際、本物のワサビは値段が高いので、よほど贅沢な家庭でない限り、頻繁に生のワサビを買って、すりおろして食べたりしません。

食べ比べればわかりますが、市販のパックに入ったワサビと、すりおろしたてのワサビは全く違います。

匂いは2種類

匂いの感じ方には2種類あり、1つは、直接鼻から入る香りである『オルソネーザル(たち香)』

もう一つは、喉の奥からのぼる香りの『レトロネーザル(口中香、あと香)』と呼ばれるものがあります。そして、料理の味覚の8割を決めるのは、後者である『レトロネーザル』です。

どちらの香りも、鼻の奥でたどり着く場所は同じで、鼻からであれば“鼻孔”から匂い物質が入り、口の中からは“喉頭鼻部(口の奥から鼻につながっている通路)”から匂い物質が入ります。

どちらからも同じく、まずは嗅粘膜にたどり着きますが、距離でいえば、喉頭鼻部の方が嗅粘膜までが短いです。なので、早く匂いを感じやすく、また、口の中はその他に、のど奥へ続く“胃”や“肺”以外に匂いの漏れ場所がないため、空気中に拡散するような鼻からの匂いとは比べ物にならないくらい、たくさんの匂い物質が嗅粘膜にいきます。

そして、嗅粘膜のすぐ上には、嗅覚センサーである“嗅上皮”があり、その表面に匂いの受容体(嗅覚受容体)が埋め込まれています。

2種類の匂いを楽しめる

鼻からの『オルソネーザル(たち香)』。口内からの『レトロネーザル(口中香、あと香)』

実は、この2つの経路からの香りを楽しめるのは人間だけなのです。

ワインを飲む時を想像してみてください。ワインを飲むとき、まず鼻先から入ってくる匂いを楽しみ、次に口に含んで舌のうえで転がして、喉から鼻にぬける匂いを楽しみます。

面白いことに、同じコーヒーの匂いでも、鼻から嗅ぐのと喉ごし(口内)から嗅ぐのとでは、脳の反応部位に違いがでるのです。そして人は、鼻からの匂いより、喉ごしの匂いで「美味しい」と感じているのです。

匂いは、常温で気化しやすい物質です。温度が上がれば、よりたくさんの匂い物質ができます。

ワインの場合、口内でワインの温度が上昇することにより、より多くのワイン中の匂い分子が気化して“匂い”=“味”として感じることができます。

また、湿度も大きく影響し、湿度100%の口内は、鼻からでは匂うことができない、多くの種類の匂いも含まれています。

ちなみに、白ワインのSauvignon Blancは、発酵の過程を経ることで香りが大きく変化する品種であり、ぶどうの中では香らない物質が、発酵によって香るような形に変化することから、唾液中の酵素と反応して、新たな香りができあがることもあります。

匂い、臭い、香りの違いと英語表現

日本語では「匂い」という表現は、広い意味を持ち、良い匂いは“香り”、不快な匂いは“臭い”、そしてそれら両方を含めて“匂い”です。しかし、英語はさらに表現が多く、

日本語の

・匂いに相当する言葉は、Smell, Odor

・香水などは、Fragrance, Perfume

・食べ物でコーヒーなど空気中を漂う香りをAroma

・料理を口にした時に感じる味と匂いをFlavor

と呼びます。

味覚と嗅覚の受容体の数の違い

「味」の感覚の8割は「香り」といわれる理由が少しずつ分かってきたと思いますが、なぜそうなのかをもっと詳しく言うと、受容体の数からも説明できます。(“受容体”=何らかの情報(味や匂い)を認識する場所のこと)

舌からの味覚受容体は、

  • 甘味1種類
  • 塩味2種類
  • 酸味2種類
  • うま味3種類
  • 苦味25種類

と言われています。これが味の受容体です。この舌にある味覚受容体に料理(食品成分)がくっついて脳に味の情報が行きます。

日本の“だし”を例にとると、うま味として、イノシン酸(昆布)、グルタミン酸(カツオぶし)を味として感じます。だしの中での味は、うま味、酸味くらいです。しかし、匂いの“嗅覚受容体”はなんと400種類もあります。

世の中に、匂い物質は数十万種類あり、人はその中の1万種類も認識できます。400種類の受容体で1万種類の香り成分が認識できるということです。

つまり、全く同じ味の料理でも、香り少し変えることで味の感じ方が違ってくるのは、この嗅覚受容体の存在が大きいと思います。そして、「美味しい」と感じる味の情報は、味覚と嗅覚の両方の情報が脳内で統合され“味”として認識します。

味と香りの情報は脳の中で分離できないのです。

もう一つ、香り成分は水に溶けるものと油に溶けるものがあります。例えば鰹節の中には、その両方入っていると言われます。(製造工程の過熱によるメイラード反応、燻煙によってそれが鰹節に凝縮されています。)

  • 水に溶け、香りが中に溶けるか、
  • 油に溶け、どんどん揮発して、それがいい香りになるか

のどちらかです。

 

以上、アロマスプーン、アロマフォークから始まり、匂い(香り)の化学の話まで広がりました。

どうでしたでしょうか?匂いってかなり興味深いですし、まだまだ解明されていない部分もたくさんあると思います。
ぜひ、今度から“作る料理の匂い”の部分にも注目してみてくださいね。