【人生の時計】短針と長針が出会う時

とても心に残った動画をみたので、私なりの解釈も踏まえてシェアしたいと思います。

 

近畿大学卒業式で行われたキングコング西野亮廣さんのスピーチから抜き取りました。

ついでに『えんとつ町のプペル』もとても素晴らしい話です。絵本ですが映画にもなるので楽しみです。

★報われない時間

時計を見てください。デジタルじゃない方です。

長針と短針がすれ違う時、合わさる時、

1時5分、2時10分、3時15分で重なります。

 

長針が追い抜いたら、また4時20分で重なる。

少しずつ少しずつ重なる時間が伸びていきます。

 

そして11時台。

11時台だけは、重なることはないのです。

 

毎時1回は重なるようにできているのに、11時台だけは重ならない。

11時台だけは短針が逃げ切って、重なることはありません。

 

次に重なるのは、鐘が鳴る12時ちょうどです。

 

それが人生において何を意味しているのか?

 

それは

「12時になるまでは、報われない時間がある」

ということ。

 

生きていく中で、重ならない11時台というのは必ずあります。

これまでも、これからも。

 

でも大丈夫。

時計の針は必ず重なります。

 

だから走り続けること。走ることが疲れたら歩いてもいいです。

少しずつでも進んでいたら必ず鐘の鳴る日がやってきます。

大きく何度も鐘の鳴る日がやってきます。

 

 

★もうひとつのストーリー

どうでしょうか?

 

私は、なんだかとても心に響きました。

「自分の12時はいつ来ることやら、、、」と考えながら、迷いながら、私も進んでいますが、

 

この話にもう少し”尾ひれ”を付けたいと思います。

 

 

★鐘のなる時

0時

鐘の音と共に私の新しい人生はスタートした。

 

時計の“短針くん”は私。

“長針くん”は自分より前を進んでいる師匠だったり先生だったり。

または、ちょっと理想としている人、一歩先に進んでいる人が“長針くん”です。

 

ゆっくり進んでいる短針の私は、いつもみんなに追い越されていきます。

 

1時~

1時ちょうどになると、鐘が1度「カーン」となります。短針の私は1時5分あたりの位置にいて、

近くで鳴る鐘を聴きながら、鐘が鳴る場所とは真反対を向いて進んでいます。

「鐘の鳴る音は、周りの人の成功している音」

私は背後に聞こえる鐘の音を聴きながら、うらやましいと思いながらも大きな希望を持って先に進んでいます。

 

するとスピードの速い長針くんが、1時5分の時に私に追いつきます。

「がんばって!!」

長針くんは私の横をさっそうと抜けていき、応援してくれながらもさらに私の先を進んでいきます。

 

そして、しばらくするとまた鐘の音が、今度は2度「カーン、カーン」

今度は長針くんが2時ちょうどに達した音です。

 

私は1時の時よりさらに遠く聞こえるようになった鐘の音を背中に受けながら、

「長針くんすごいな、どんどん成長して、私よりどんどん成功の数を増やしていく」

そう思いながらも、私はまだまだ、ゆっくり進んでいきます。

 

すると今度は2時10分の時に長針くんに会いました。

「まだまだこれからだよ、また今後!つぎは3時台だね」

そういい残し、長針くんは走り去っていきます。

 

「さすが、最先端を走っている人は勢いがスゴイ、自分はできるようになるだろうか」

先が見えない道を歩いているようです。

 

そして3時になるとまた鐘が3回、3時15分に長針くんは通り過ぎる。

4時になる、また追い越される。

そして鐘の音もどんどん遠ざかっていく。

 

まるで自分の成功も遠ざかっていくようで引き戻したくなってくる。

 

5時が過ぎ、

そして6時の鐘が鳴った。

 

6時台

もう6時の鐘は、私には聞こえるか聞こえないかくらいかの遠くに感じられる。

その時「この道で本当に大丈夫だったのか?もう引き返した方がいいんじゃないか?」などの不安と恐怖が襲ってくる。

 

<6時30分>

長針くんがやってきた。

「ここからだよ!」

もうそんな声も聞こえないくらい、結構わからなくなってきている。

いっこうに何も成果も出なければ、成功の「せ」の字も見当たらない。

ただただ辛い。

 

7時

鐘の音が聞こえた。

6時の時より少しだけ大きく聞こえた気がする。

しかも今までと違うのは、自分の前から鐘の音が聞こえたことだ。

「もしかしたら、ゴールは近いのかな?」

少しの期待をしつつ、先に進むが、全然光が見えない。

 

8時~

またもう少しはっきりと聞こえるようになった。

少しずつ期待が膨らむ。

「それにしても長針くんはすごいな、、、」

 

何度も何度も追い越していく長針くんの背中を見ながら、

遅い私は必死についていこうとするが追いつけない。

 

そして9時10時とようやく進んでいき、鐘の音も大きくなり、

不安もあるが、ワクワク感も大きくなってきた。

 

そして11時。

 

これまでずっと応援してくれた長針くんは、いくら待ってもやってこない。

「おかしいな」と思いつつも私は11時台を走り続ける。

 

最後の難関 11時台

最後の時間は真っ暗闇だった。

だれもいない中、ひたすら前に進む。

もうすぐゴールのはずなのに「実は今までのすべてがダメだったんじゃないか」と思うほど、何も起こらない。

長針くんも来ない。孤独がこんなにも辛いのか。

 

これが魔の11時台

人生には、少なくとも2度あきらめかける時がある。

それは6時台11時台

この2つが一番つらい。

 

6時台は鐘(成功)から一番遠ざかっている気がして、何をしてもうまくいかない。

やみくもに進むしかない。

 

11時台は、それに追い打ちをかけるかのように

長針くんの「頑張れ」の声も聞こえてくることはない。

最後は誰にも応援されることなく、一人で進んでいく。

 

そしてやっと12時にたどり着いた。

目の前がぱっと明るくなり、大きな祝福の鐘が真上で鳴り、長針くんも一緒に喜んでくれている。

「よく頑張ったね」と長針くん。

 

私「これが成功ってやつ?」

まったく実感はない。でも周りからは成功者として見られているようだ。祝福されている。なんだか不思議な感覚。

 

「はぁ」と一息、安心感も生まれ、ちょっとゆっくりしようと思ったのもつかの間、

長針くんは言った

 

「ここからが本番だよ、僕は先に行くね」

 

長針くんは言った「ここからが本番だよ、僕は先に行くね」

その時、長針くんは”秒針くん”に変わった。

 

そして短針だった私は、長針になった

 

 

「これは時計の人生。でも私たちの人生にも大きく当てはまります」

 

 

12時1秒。

12時ちょうどになっても、時は止まらない。

左を見たら、過去の私のような短針くんが勇気を出して一歩を踏み出そうとしていた。

右を見たら、もっとすごくなっている秒針くんがいた。

 

今まで応援してくれた長針くんは未来の自分だったんだ。

晴れて長針になれた自分は左を向くと、不安そうな顔で新しい一歩を踏み出そうとしている自分がいた。

 

「頑張って」

私は心の中でつぶやき、短針くんを追い抜いて、

毎度重なる時に応援のエールを送る。

 

新しい世界への挑戦がまたスタートした。

これからは応援される側でもあり、応援する側でもある。

短針くんを応援しながら、今度はもっと早いスピードで横を過ぎていく未来の自分(秒針くん)を見ながら。

 

 

もう一つのストーリー『鐘の鳴る時』終わり。

 

、、、

人生を時計に例えると、

こんなストーリーもありなんじゃないでしょうか。

 

毎日頑張っていても、成果もなく、成功の実感も持てない日々が続くこともあるでしょう。

立ち止まっても、周りに誰もいない時もあります。

 

でも少しずつでも前に進んでみてください。

どこかのタイミングで、自分の先を走っている人にすれ違う時が来ます。

 

そのときに前を走っている人を見て行先が合っているかを再確認して、また孤独な道を進んでいくのです。

 

最初はやればやるほど、夢や成功に遠ざかっていきます。

でもある時点で、遠ざかっていたものが少しずつ近くに感じてくる時があります。

そうなればあと少し、でも安心しないでください。

最後の11時台は試練です。踏ん張り時です。

 

 

時計の短針のように、人生のほとんどは暗闇で独りぼっちだと例えると、

今の状況と合わせて「今はまだ5時台だ」なんて考えて行動すれば、

ちょっと勇気が湧いて、これからの未来が楽しく感じられませんか?

 

そして実は時計には秒針もあります。その秒針は見えない時もよくあります。すれ違ったのさえ気づかない時もあります。

 

でも毎分毎分、家族のようにあなたの横にいてくれるんです。

そんな人もあなたの周りにはいるということに気が付くと、もっと勇気が湧いてきませんか?

 

あなたの挑戦を心から応援します。