-昭和の料理人録- 前後十年は射程圏内

「前後十年は射程圏内」とはどういうことかを説明いたします。

射程圏内と聞くと、何かを猟銃などで仕留めるイメージがあると思いますが、まさにその通りの意味です。

私が料理業界に入ったときは、18歳でした。その時から、自分の10年先の先輩までは、追い抜かすライバルという意識を強く持って仕事に取り組んでいました。

なぜ10年なのかは体感値でしかないのですが、12~13年以上経験差があると、経験1年目の私にとっては、逆立ちしても勝てない存在でした。

当たり前ですし、実際は、むしろ5年先の先輩でも全然追いつけないのですが、でも気持ちや勢いとしては、「10年目の先輩にすぐにでも追い付くぞ」というスタンスで仕事に取り組んでいました。

という気持ちを持っていると、つまり10年下の後輩もライバルとして意識する必要があると考え、そんな私のような考えを持つ後輩がいると想像し、自分が怠けるとすぐに追い抜かされてしまうので、もっと頑張ろうという気になります。

ただ、10年差は追いつくのには時間がかかりますが、2~3年であれば、意外とすぐに追いつけます。

理由は簡単で、3年目の先輩に追い付こうと思ったら、1年目の私は3倍頑張ればいいだけだからです。

仕事の時間やスピード、または仕事のことを考える時間などを色々合わせれば、3年目、5年目の先輩には、もしかしたら手が届くかもという実力の差が縮まっていく手ごたえは感じたのを覚えています。

例えば、

・魚の水洗いなら3年目の先輩より早くできる。

・玉ねぎの皮むきなら2年目の先輩より早い

・ネギの刻みはだれよりも正確

など、とても小さなことかもしれませんがちょっとずつ先輩より早くできたり、得意なことを増やしていくのです。そうすると先輩は楽できるので、もっと色々仕事を振ってくれて私に任せてくれます。

『うさぎとかめ』の話と同じです。

上司が休んでいる時はチャンスだと思い、一気に追いつく努力をします。そうしている人は、10年も経てば料理長クラスになる人もいるくらいです。

ちなみに、私の働いていた職場(高級懐石料亭)では3年がっつり働いていれば、そこらの高級居酒屋レベルの店であれば、問題なく料理長に抜擢されるレベルです。

つまり3年目の21歳くらいで料理長という役職も無理ではないのです。ただ、割烹や料亭だと、最低10年近くの経験がないとなかなかできない世界です。

同じ料理業界と言っても、仕事内容、お店のレベルでこんなにも違ってくるんですね。そんな私は、料理人の中でもかなり鈍足でしたが、

30歳前には副料理長のポジションは確実なものとなっていましたし、30過ぎてからは、料理長クラスの仕事はこなしていました。

ただ、だからと言って、それがすごいのか?店の売上があがるのか?人間性が良いのか?というとそれはまた別の話で、どんな役職でも常に勉強し上を目指さなければ、下降し、落ちていくだけです。

今の状況と変わらないことをしていれば、下がっていきます。ちょっと頑張って、ようやく維持できるかも、、、という感じです。

なんて言いながら、現実には実際には私は18歳からの調理経験でしたが、周りのほとんどは、”料亭の息子”や”寿司屋さんのせがれ”など子供のころから調理場に立って経験値を積んでいる先輩方ばかりでしたので、追いつくのさえ必死でした。

なかなか甘くない世界です。