今回は「包丁式ってなに?」について歴史や作法、流れや段取りの方法などについてお話しします。
海外(オーストラリア・シドニー)で包丁式をやりました。
包丁式をやったと言ってもメインで魚をさばく“刀主”ではなく、補佐役としての“介添人”としての役目ですが、とても良い経験をさせていただきました。
『包丁式』と聞いても一般の方はおそらく知らないでしょうし、料理人でも興味のある人は少ないのではないかと思います。私もお誘いいただくまでは、包丁式に関しては全くの無知でした。
ですが、今回の件で、色々と学んだことがあるので、皆様にシェアしたいと思います。
包丁式(ほうちょうしき)とは
「庖丁式」とは、平安朝の時代の装束、烏帽子(えぼし)・直垂(ひたたれ)を纏(まと)い、包丁と箸のみで一切手を触れることなく、鯉・真鯛・真魚鰹などをさばく儀式です。
平安時代の宮中行事を再現したもので、古式に則った所作と包丁さばきに、日本料理の伝統を感じることができます。
平安時代の貴族が着ているような、袴(はかま)のような着物です。
以下、今回着たものがそれです。黒い長い帽子みたいなのが烏帽子(えぼし)着ているものが直垂(ひたたれ)です。
包丁式については、私は一度か二度、辻調理師学校の入学式か卒業式で見た記憶がありますが、舞台から遠かったという理由と、当時は全く興味がなかったため、ほとんど見ていませんでした。
まさか、自分が包丁式をするなんて、当時はみじんも思っていませんでした。遠目ながらに見ていても、そもそも何をしているのかさえ意味不明でした。
正直、「日本料理の伝統的ななんかなんだなぁ、、、」くらいにしか思っていませんでした。
そんな私が、オーストラリアのシドニーで、和食の親善大使である大御所の先生から、「包丁式に参加しない?」と誘われましたが、最初は「Yes」と即答せず「お店の営業もあるので、時間があれば是非」みたいな無難な回答をしたのを覚えています。
その後、「、、、包丁式ってなんだっけ?」と思いながら、調べてみると、えらいたいそうな、立派なことをやるもんだと思い出したとともに、驚きました。
というより、そんな役目を私ができるのかが不安でしたが、「これは、チャンス!」だと思い、意を決し参加することにしました。
さて、この包丁式、海外で執り行うことはかなり珍しいと思います。そもそも神社もありません。
今までも何度か包丁式は行われていたらしく、今回はシドニーのUTSと呼ばれる。オーストラリアでは最大規模の大学で行われます。
なぜここで包丁式を執り行うのかというと、日本とオーストラリアの交流50周年記念を祝ってのカンファレンスがあり、そこでのメインイベントとして、「包丁式」が執り行われるのです。
包丁式の練習
やると決まってからは、まずはGoogleやYoutubeで「包丁式」と検索して、包丁式ではなにをやるのか?なぜやるのか?また、どんな動作をするのか?など、ひたすら勉強し、何度も映像を見ていましたが、
調べても、まあ情報が少ない少ない、ネットでは限界があるなと感じました。
あるサイトでは、包丁式は流派があり、「秘伝として伝わるので、情報は身内のものにしか伝わらない」なんてことも書かれています。
いくつか流派などもあり、さまざまなやり方があり、なにが正しいのかなどもわからないので、かなり混乱しました。
今回の刀主は包丁式の流派でも有名な“四条真流”でした。
最初のミーティングの時に、「このようにやるんだよ」と過去の映像と説明を拝見してからは、だいぶイメージできるようになってきました。
私の役目は魚をさばくのではなく、その前後に、まな板を清めたり、包丁を置いたりなどをする役目です。
オーストラリアの包丁式
日本でも「包丁式」自体を知っている人は少ないですし、実際やったことがある人も知り合いにはいません。
そんな中、日本では無く海外で「包丁式」をできる確率は少なく、おそらく、海外で包丁式をしたことがある人は、数えるほどしかいないのではないかと思います。
今回オーストラリアのUTSという大学で、日豪(日本とオーストラリア)の交流50周年記念を祝うイベントで参加させていただきましたが、
この「包丁式」、魚は、通常、鯛(たい)、鯉(こい)などの魚を使うことが多いのですが、
オーストラリアでは、友好関係を深める意味もあるので、食材はオーストラリアでも有名な食材を扱うことになり、それがタスマニア産のサーモンでした。
はい、かなりデカいです。5kgはあったと思います。しかも、これはおそらく包丁式の中でも初の試みで、魚を立てて俎板に乗せるのですが、持ち上げる時は腕を若干ぷるぷるさせながら、慎重に置きました。
ここで魚が横に倒れたら大失敗なので、かなり緊張した瞬間です。さらに、魚に直接手を触れることができないので魚と手の間には白い紙が挟まれています。これがまた魚を立てるのを難しくさせます。
<包丁式で鮭を立てる初の試み 世紀の瞬間>
ただ、魚をさばくにあたり、骨は柔らかいので、その面ではやりやすいかもしれませんが、なんせ5kg以上の大きさなので、結構チカラも必要だと思います。
また、包丁式は通常神社などで正式に行うと、おそらく2時間以上はかかるはずです。しかし、私たちの今回の包丁式は1時間以内という時間内で終わらせなければなりません。なので、色々と省略されています。
料理の神様
「包丁式」の勉強をしていると、今まで知らなかったことがたくさんあることに気付きました。その一つに、料理の神様が祀られている神社があることをしりました。
その神社ではもちろん「包丁式」が執り行われます。その神社の名前は、『高家(たかべ)神社』
高家神社は千葉県南房総市(旧千倉町)谷津地区、海を見下ろす高台に鎮座しています。日本で唯一料理の祖神を祀る神社として、全国各地の料理関係者からの信仰を集めてきました。
毎年、
- 春の例大祭 5月17日
- 秋の例大祭 10月17日
- 新穀感謝祭 11月23日
に包丁式奉納が神社境内で執り行われています。
高家神社の主祭神は
- 磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)
- 尊称・高倍神(たかべのかみ)
- 天照大神(あまてらすおおみかみ)・
- 稲荷大神((いなりのかみ)
です。
料理の神様の歴史
日本書紀、第12代景行天皇の条に料理の祖神とされる由縁が記されています。
<日本料理の二祖神として崇められている神々>
12代景行天皇の時代に、ご子息【倭武尊命ヤマトタケルノミコト】の戦跡を訪ねて安房の国(千葉県千倉町)に行幸されたときに、
随行していた 磐鹿六雁命いわかむつかりのみこと が天皇のために海に入り、鰹、蛤を取り膾(なます)=火を使わないでつくる料理 にして出したところ、天皇はそれを気に入られ、「料理番として代々仕えるように」というお言葉をかけられたとか。
そして、磐鹿六雁命の末裔は高橋という名をいただき名乗って、料理を作られてきたそうです。その後、紀氏が高橋姓を名乗り継いできたが、途中で絶えてこの家系はなくなってしまったそうです。
もう一人の祖神は、四条中納言藤原朝臣山陰(やまかげ)卿。時の帝58代光孝天皇が大変料理に興味を持っており、
「君がため 春の 野に出て 若菜摘む 我が 衣手に 雪は ふりつつ」
自分の趣味のために、また想いを寄せる人のために、雪の降る中、若菜摘みをし、それを羹にして差し上げたといいます。
それほど料理に造詣が深い天皇だったので、自然と臣下にも料理好きのものがおり、それが四条中納言藤原朝臣山陰(やまかげ)卿だったそうで、日本料理の基礎を考えられたと言われています。
室町時代から、江戸時代にかけて、四条中納言らの日本料理の基礎は分岐発展し、宗派も広がり神々に感謝の気持ちを伝えるとともに、天皇、貴人などをもてなす饗応の前に、魚、鳥、野菜に直接手を振れずに、俎箸と包丁刀で清らかに包丁捌きをする包丁式がもたれてきました。
包丁式の準備
包丁式を執り行うにあたり、どんな準備・道具が必要なのかを羅列しておきます。
- 金屏風
- 畳
- 式台
- 俎板
- 紅白の綱
- しめ飾り
- 白のテーブルクロス
- 五色
- 塩
- 塩を拭うもの
- 清めの竹棒と白い布
- 三宝
- 水を入れる竹筒
- 白菊
- 魚をのせる食台
- 墨(ぼくじゅ)
- 筆
- 黒い樽(墨と筆をいれる)
- 大きくて長い半紙
- 神棚
- 金屏風(小)
- お札(ふだ)
- 醤油や酒など(瓶)
- 着物(烏帽子(えぼし)・直垂(ひたたれ)、腰ひも、足袋、草履、巫女さんの着物など)
- 包丁刀
- まな箸
包丁式のはじめ
高家神社では、まずは一連の流れでどのようなことをするのかをざっと説明します。
祭典では
・祝詞の奏上(そうじょう)表白(ひょうびゃく)文奏上
・雅楽にあわせて浦安の舞 神楽(巫女神楽)が奉納されます。
その後、
・玉串を奉納
・祭典の儀
とつづき、包丁塚に向かいます。神社境内には包丁を供養する包丁塚が祀られています。
包丁式が執り行われるのは神社境内にある包丁式奉納殿です。
包丁式で使われる食材と名称
庖丁式で調理されるものは「五魚三鳥(ごぎょさんちょう)」と言われ、
五魚は、鯉、鯛、真鰹(まながつお)、鱸(すずき)、鮒(ふな)のことで、三鳥は、鶴、雉(きじ)、雁(鴨)のことを言います。
包丁儀式での「鯉の包丁式」の切形でも40種以上もあり、
「洗鯉」「竜門の鯉」「長久の鯉」「神前の鯉」「馬場の鯉」「出陣の鯉」「梅見の鯉」「二唯の鯉」「宝の入船」 「花見の鯉」等があります。
「鶴の包丁式」の切形にも「式鶴」「真千年」「草千年」「舞鶴」「鷹鶴」という名称の切り型があります。
シドニーでの包丁式の流れ
まず刀主がでてきて、筆を使って文字を書きます。
今回書かれていた言葉は、一つは、「祖神 四条中納言」
もう一つは「豪日龍昇の鮭 シドニー四条真流式包丁」と書かれていました。
ちなみに今回雅楽は生演奏ではなく、CDで流されましたが、その雅楽の音楽の中にもちゃんと名前があり、少し現代風?にアレンジされている音楽もありました。
その後、巫女さんが出てきて、神棚に行き椿を置き、参ります。
<まな板開きの儀>
俎板は、高さ三寸三分、幅三尺六寸五分、奥行き二尺三寸あり、俎板には白い布が掛けられていて、その上に四方中央に置かれた色鮮やかな「五色」があります。
- 右下に緑(春)
- 左下に赤(夏)
- 左上に白(秋)
- 右上に黒(冬)
- 中央に黄(中国皇帝の色)
の色紙に包まれた、五つの蛤(に見立てたもの)が置かれています。
俎板には、それぞれの部位に名称があり、古くからそこには神仏が宿っていて、食物を加護するものとされています。
刀主より見て、まな板の右下を四徳(しとく)
君の恩徳、日、月、父母の恩徳をいう。人は全て知恵を備え、仁義を尊び、勇気をもって愛情を伝えなければならぬことを教えている。
左下を五行(ごぎょう)
君、日、月、父母の四座を守るを五行という。木火土金水、その恩恵を受けとり行う事を意味
左上を宴酔(えんすい)
静かにしてみだれざる礼をいう。人は一つ瓶でたもせる酒を酌み交わし、和を作り、人々の幸を喜び、楽しみを意味
右上を朝拝(ちょうはい)
君をあがめ神を尊ぶをいう。人は朝目覚めて、神仏祖先の礼拝より始まる
中央を四季
人は以上、すべての場を仕る場として、中央広場を四季と名付けています。
<まな板清めの儀>
塩を払い、水を湿らせ、まな板を拭きます。
<刀参方(とうさんぼう)の儀>
包丁刀とまな箸をあらため用意します。包丁をまな板に置き、白菊も添えます。
<真名参方の儀>
素材が用意されます。サーモンを台に置きます。
<組ばし>
<切り込み>
魚をさばく。
そして最後に
<献上>
調理された魚は盛り付けし神前に行き、刀主は、巫女が置いた椿を取り、清め魚は神前に供えられます。手を2回たたき、一礼。続いて介添人・巫女もそれに続きます。
以上が包丁式の流れです。
備考
“組ばし”からはじまり魚をさばく過程で、色々な所作があります。
・俎板あらため
・返し箸
・刀あらため
・真奈紙さばき(包丁刀と真奈箸で紙をさばきます。)
・切り込み(魚をさばく)
・鮭飾りの儀
・包丁飾りの儀
など、
天の恵みに感謝する天地礼拝心拝とつづき、自らの清らかさを念ずる六根清浄の所作。十字の後の八の字をあらわすのは天地の陰陽、月日の陰陽を現わしている。
包丁をとぐ所作は、そこに清らかな水があり、包丁を清め、研ぐ所作。魚を打ち付けばしんと音を立てるのは悪霊払い、八鬼払い。鮭が龍になり、天に昇っていく姿をあらわす。
宇宙からの気を集める所作など、所作は古式に則ったものでそれぞれ意味があります。
最後に
おそらく文字では、なんのことだかさっぱりわからないと思うので、動画を見てください。
私自身、色々とミスったり、段取り悪く、順番なども間違えたりしましたが、大きな失敗はなく(たぶん)無事終わることができました。
次回包丁式を執り行うことがあれば、より完成度を高めてきっちりやっていきたいと思います。
以上、包丁式レポートでした。