日本料理の名前を英語に訳すときはいつも困ります。なぜなら表現できないからです。
Sushiなど世界的に有名になっている日本語であればまだよいですが、[従妹煮]、[真砂和え]、[かっぱ巻き]など、そのまま英語に変換したら、意味が分からなくなる料理名は数多くあります。そうなると、単純に“食材名”と煮る・蒸すなどの“調理法”の組み合わせだけとなり、味気ない英語名となります。
ではなぜ日本料理の名前は、訳しにくいものが多いのか?その背景には、日本料理独特の文化があるからです。
日本料理「水」の神秘
例えば、「水」という言葉。これだけでも、日本には、「水をさす」「水かけ論」「水いらず」「水くさい」「水商売」「水ごころ」「水を向ける」「水明かり」などがあります。
特に水に関しては日本人は密接に関係しているため、水に関する言葉も多いのですが、それ以外でも、水の味覚を「甘い」「丸い」など表現します。
それは良い水は口当たりが丸く、甘く感じるものが多いからでもあるからですが、今のように説明しても丸く甘い水は、「山の湧水に似てるけど、土臭さがなく、かといって雨水のようなものでもない水」のように、日本人ならなんとなく想像できます。
先ほどの「甘い水」という表現の他にも、調理コトバで、料理に使う水を「種水(たねみず)」と呼んだり、
水で薄めることを「水で割る」、水を除くのを「水を切る」、さらに、水に熱が加わってお湯になると「白湯(さゆ)」、またその行程を「湯がく」、その他「湯引き」などの言葉もあります。
水の他に「塩」もあります。
塩
塩は「波の花」といった異名を持たせたり、魚の焼き物などでは「化粧塩」、味付けでは「塩梅(あんばい)」といった洒落た言葉な料理法もあります。
醤油もあります。
醤油
「濃口」「淡口(うすくち)」「溜(たまり)」というような種類の他、醤油を「紫(むらさき)」と呼んだり、「割り醤油」「照り醤油」「卸し醤油」「割下(わりした)」などの調理用別の呼び方まであります。
なぜこのような言葉ができたかというと、これらの粋な言葉の表現はその言葉を通して、本料理の繊細で高度な技を後世に正確に伝えるための知恵と手段として生まれたものと言えるでしょう。
ゴボウの切り方である「笹掻(ささがき)」はゴボウを笹の葉のように薄く削ることですが、その言葉の説明をしなくても「ささがき」という言葉一つで、すぐにわかります。また「薬味」という言葉も、何も言わなくても、料理によってその出すものが決まります。
刺身も「造り」と言えば、生魚にあれこれ、こうしろと説明しなくても、「糸造り」「細造り」「平造り」「洗い」「叩き」「鹿の子造り」などなど言う言葉で、どのように切るのかがすぐわかります。
このように、味覚に対して繊細さを持った日本人は、その感覚や方法を正確にそして味のある言葉に置き換える能力を持っているのです。
日本酒の利き酒も「匂い」についての用語は麹香、吟醸香、酸臭など80種もの表現があり、
「味」でもコク味、まる味、重い味、軽い味、雑味、渋味、辛味、甘味、切れ味など、これも70種の表現があります。
「色」も同じで照り、さえ、ぼけ、濁り、琥珀色など20種以上あり、一つのお酒の香り、色、味で200種近い表現に区別して利き分けているのです。
日本酒の他にも、味噌、醤油、焼酎、漬物、海苔など日本で生まれ育った嗜好品を作る際の古くからの専門用語を集めれば、数千種にもなるでしょう。このような表現も日本料理を守る上で、伝統ある文化として継承していく大切な要素です。
さきほど出てきた表現で「重さ」「軽さ」という対比もあります。
醤油は「濃い」「淡い」がありますし、これを豆腐に例えると「軽い・淡い」、油揚げになると「重い・濃い」
味噌汁は「重い」、お吸い物は「軽い」、カマボコやさつま揚げは「重い」、はんぺんは「軽い」
古漬けは「重い」浅漬けは「軽い」、日本酒も辛口は味にキレがあり「軽い」、甘口は芳醇なコクがあり「重い」
焼酎も旧式蒸留器で蒸留した乙類は味も香りも高く「濃い」、新型蒸留での甲類は「淡い」、
刺身の赤身は「濃型」、白身は「淡型」、鰻のかばやきと白焼き、スキヤキとしゃぶしゃぶ、塩辛の黒造り・白造りなど、これらもみんな重さと軽さの対比物になります。
このように日本には、同じ食材や食べ物の中でも、お互いを相対比させながら双方を食す文化があるのはとても面白いです。ただの“湯”でさえ「白湯」、米を炊いたときの糊状のものを「重湯」と呼んだりします。
音を食べる日本人
そして極めつけは「音」でさえ食べてしまうのが日本人です。他国と違い、日本には音が無くては味が半減してしまう食べ物がとても多いのです。世界中の料理のほとんどは、味・色・匂いでその風味を味わいますが、日本料理は“音”で味わう感覚があります。
代表的なものに麺類。音無しで食べる面は美味しく感じられず、みんなが音を立てて「ズズズー」と麺類を食べます。
お茶漬けも音なしではうまそうではなく「サラサラ」と音とともに流し込んでこそお茶漬けの醍醐味が味わえます。
漬物も種類によって「カリカリ」「シャリシャリ」「パリパリ」という音で楽しめます。
“はりはり漬け”はまさにかむ時の音からつけられた名称です。
せんべいやアラレも「カリッ」「パリッ」「サクッ」と快い音を出しますし、
日本料理の下ごしらえでも、大根を「サクッ」と切る音。
かつお節を「シャッ!シャッ!」と削る音。
すりばちで「ごりごり」する音。
お酒を徳利に入れる時の「トクトク」という音。
このように日本人は音からでさえ味わう感覚があります。
この記事を読んだあなたは、ぜひ日本料理の「言葉」と「音」を意識して、今後料理を楽しんでみてください。